追憶

父が雑記帳に記していることを娘のワタシが転記していこうと思います

かあちゃんと行商人

昔は様々な行商人が村々を廻り商いをしていた

豆腐屋、魚屋、洋品店、呉服屋

生地(布)屋、薬屋、等々

また闇米の買い付け、豚の買い付け

玄米パン、アイスキャンディーなど

 

どこの家も現金がなく物々交換をしていたのを見ている

 

生地屋は布を測る際に物差しを巧みにごまかす

また農民は穀物を計る枡に親指を入れたまま図ったり

枡の中央を抉るようにして量る

今となっては滑稽な光景であるが

人間味が溢れている

 

売る側の商人も買う側も真剣そのものである

目の色をかえて駆け引きをする様を見ていると

動物の餌の取り合いのようであった

 

行商人の中には

とんでもない詐欺師のような人も沢山いた

叔父の勝男や義男が独身で同居していたころ

警察が来て取り調べをされたことがあった

なんと

叔父が買った背広が盗品だったと分かる

 

背広といえば

俄か雨にぬれて背広が縮み

子供服のようになってしまった粗悪品があったらしい

 

また靴なども

雨の日に履いていて何か臭うと思い

底を見るとするめが貼られていたなど

大笑いするような代物があったと叔父たちから聞いている

 

またゴム紐の押し売りが良く来た

土間の上がり框で

「昨日刑務所から出てきたばかりだ」

と凄んだり脅したりする時代であった

春から夏にかけて

屋敷の横の畑では

さやえんどうが沢山実をつけている

 

茄子やきゅうり、南瓜、いんげんなども負けじと

白、黄、紫の花を咲かせ

やがて実をつける

 

ある年

屋敷の裏の畑にマクワウリを蒔く

かあちゃんは腫れ物に触るようにして育てる

 

花が咲き実をつけるころ

藁を根元一面に敷き詰める

 

かあちゃんが丹精込めたお蔭で

やがて実が色づく

あとは熟すのを待つばかりだ

 

そんな頃かあちゃん

「まだ採っちゃあダメだよ」

と念を押す

「薫、わかったのか」

「…うん」

 

翌日裏の畑に行き

畑に横ばいになり瓜にかぶりつく

すぐかあちゃんに見つかり

「薫、おめえだんべ、歯形を見ればすぐ解かるよ!」

と怒っていた

かあちゃんは仏さまにあげようと思っていたらしい

 

後年になり大笑いになる

懐かしくほろ苦いような思い出になる

買い物

 

大作や五反田では用が足りないとき

かあちゃんは町田へ

買い物に行くことが多かった

 

町田にはなんでもある

親戚のお祝い物、生活用品…

 

ある夏の日

かあちゃんが白かクリーム色のスーツを着て

出掛けるのを見て

あまりの変身ぶりに目を丸くして驚いた

 

もんぺ姿のかあちゃんとは

別人のようだ

外便所の横で何か言っていた

 

「すぐけえってくるからおとなしくして待ってろ」

とでも言っていたのかな

 

それにしても

かあちゃんが綺麗な洋服姿で立っているのを見たのは

あの時が最初で最後である

 

保子も敏郎も末子も

かあちゃんが立っている姿は

あまり見ていないのではないかな

 

足が悪くなり自分で買い物に行けなくなると

ねえちゃんに頼んでいたが

品質や値段で満足していなかった

 

ねえちゃんが

「じゃあ自分で買ってきなよ」

 

かあちゃんは憮然として何も言わなくなる

かあちゃんの喜びと悲しみ

自分が小学生低学年の頃

すべてのテストが100点満点の時期があった

 

答案用紙を持って帰ると

かあちゃんは喜び誇らしげに

「薫は府中に似ているんだ」と言い

答案用紙を宝物のように保管していた

 

中学校の頃は悪知恵が働き

給食費を使いこんだり

辞書を買うと言って金をだまし取ったりする

 

嘘が重なりばれる時がよくあった

かあちゃん

「辞書ならこねえだ買ったんべ」

という

 

特にひどいときは

病床に臥せっているかあちゃんの枕元から

金を盗む

 

頭の下にある鞄の中から

そーっと1000円盗む

成功したと思うのは自分ばかりで

かあちゃんは犯行をすべて

知っていたと思う

 

他人の物を盗むよりはまだいいか

ぐれるよりまだいいか

そう思って目を瞑っていたのかな

 

寝小便

寒い冬の朝

ぬくぬくと温かい布団にくるまれていると

何故か

おふくろの胎内にいるような錯覚を起こす

 

子供の頃

台所に近い三畳間

北側はガラス窓でよくいたずら書きをする

 

この部屋であんちゃんと二人

一組の布団で寝る

 

自分は毎日のように寝小便をする

背中や尻が生暖かくて目が覚める

 

泣いていると

かあちゃんが行李の中からパンツとボロ布を出し

布団の上にボロ布を敷き

パンツをはかせてくれ

「早く寝ちめえ」

と言ってデエに入っていく

 

あんちゃんはぐっすり眠っている

 

小学校に入学してからも失敗する

恐ろしい量の時もある

怒られるので冷たくなった布団の上で

朝の来るのをじっと待つ

 

便所や道端で勢いよく小便をしている

途中であっ、と思っても

気付くと時すでに遅し

パンツもシャツも布団もぐしょ濡れで

後の祭り

 

かあちゃんに迷惑のかけどおしだったが

この頃の迷惑がはじまりだったようだ

 

ある日かあちゃん

「薫、これ飲んでみろ」

とニヤニヤ笑っている

何とも得体の知れない飲み物で

嫌々飲んでみる

「ん……」

顔じゅうで不味さを訴える

かあちゃんはクスクスと笑っている

 

なんとそれは

蚯蚓(ミミズ)を煎じたものだった

寝小便に効き目があったのかな

 

台所

かあちゃんはよく、おさんどんと言っていた

 

若い頃のかあちゃんは揚げ物が得意で

土間でよく天麩羅を揚げていた

 

揚がると菜箸で油を切る

溜めてある揚げ物を

あんちゃんと二人でつまみ食いする

かあちゃんは怒ることもなく

黙々と揚げ続ける

 

中身はさつまいも、かぼちゃ、なす、いんげん

などがほとんどで

間違えても海老やキス、貝などは入っていない

 

余った天麩羅を翌日煮た物も

なかなかおいしかった

 

ある日珍しいドーナツを揚げてくれる

茶色でフワフワに揚がったドーナツに

砂糖をかける

とてつもなく美味しかった

かあちゃんが娘の頃覚えたのかな

田舎では滅多に口にすることは出来なかったと思う

 

かあちゃんは子供たちによく

まんじゅうも拵えてくれた

 

両手でクルクルと回してまるくして

真ん中を指で潰しあんこを入れる

そして指でふたをする

蒸籠で蒸しあがった温いまんじゅう

がぶりと噛みつくように喰う

 

中から熱くて甘いあんこがあらわれる

たまらなく美味い

 

満腹になるまで三つも四つも喰い続ける

大福もぼたもちも美味かったが

特にまんじゅうは美味かった

 

かあちゃんが嫁入りの時に持ってきたのか

それともどこからか買ってきたのか

今川焼の鉄板の器具を見たことがある

 

当時は砂糖も配給の時期があり

長沢の中心地「やんか」に長い行列が出来て

並んだことがあったのを朧げに覚えている

 

どこの家も同じようなものだが

かあちゃんは黒砂糖やサッカリン

よく使っていた

 

五十数年前

かあちゃんの手作りのドーナツやまんじゅう

あの味も匂いも温かさも

今となってはもう二度と食べることは出来ない

子供の頃のようにかぶりついてみたい

終戦後

終戦

漸くおとっちゃんが兵隊から帰ってくる

おとっちゃんには大工仕事が待っている

 

当然農作業は年老いたおばあちゃんと

かあちゃんの肩にどっしりと掛かっていた

相変わらず生活は楽にならない

 

農閑期の冬

かあちゃんは山の薪運びをする

 

男衆が木を伐り

束ねて山の所々に積んである

 

かあちゃんは日吉の山に

近所のおばさんと二人薪運びに出掛ける

 

子供の頃かあちゃんを追いかけるようにして

山に登ったが

歩くだけでも大変な険しいところで

 

一歩足を踏み外したら

谷底に転げ落ちるような傾斜面だ

 

賃金は一束運んで幾らになるのかわからないが

とにかく現金が必要だったと思う

 

負けず嫌いなかあちゃん

一束でも余計に運び頑張った

小柄なかあちゃんにとっては

過酷で重労働だったに違いない

 

重い薪を背負い

一歩一歩足元を確認しながら山を下るのだが

時として

足を踏み外しそうになることがあるらしい

 

足を捻り痛むのを我慢し

陽が暮れるまで続ける

『あの時の無理がリュウマチの原因だよ』

と後年かあちゃんは言っていた