追憶

父が雑記帳に記していることを娘のワタシが転記していこうと思います

ラジオ

お婆ちゃんの楽しみは唯一のラジオである 夜寝床で横になり広沢虎造の浪花節を聞くのが 楽しみだったようだ 目を閉じているのでたまに 歌謡番組に切り替えてしまう すると口癖のように 「うーん寝るのが一等ご馳走だ…」 とつぶやき 肛門のような口でプープー…

饅頭

ある日お婆ちゃんは近所の家で お茶菓子として出された饅頭をもらい 自分では食べずに持ち帰って 病床のおふくろに 「子供たちに内緒で早く喰っちめえ」 と渡したそうだ 嬉しく有難く布団を被り泣きながら 饅頭を喰ったとおふくろから聞かされた 饅頭の美味…

おばあちゃんの思い出

春と秋の学校行事に お婆ちゃんが身体の弱い母親の代わりで参加する 自分も小学校の運動会で一緒に弁当を喰った思い出がある また雨の日学校まで傘を持って来てくれたこともある お婆ちゃんはお茶と煙草が大好きである 近所のおばあさんがくると 日当たりの…

炊事(おさんどん)

おふくろが身体が弱かったので 炊事はお婆ちゃんと姉が賄っていた 代用食としてよく冷や麦を喰わされたっけ 自家製で小麦粉を捏ね 座敷の上がり框のところで 手動の製麺機にかけていたのを思いだす かつおぶしを削り大鍋でつゆを作る 具は長ネギと油揚げが入…

親より先に

お婆ちゃんは確か8人の子持ちで 3人の子が兵隊に取られ親より先に旅立った ある夏の夜 伝報が配達される 三軒茶屋の叔母タケが亡くなったのだ 「親不孝もんが…親より先に逝くなんて」 と言って蚊帳の中で身を捩って泣いていた 長尾に嫁いだ長女の子供が(菊…

祖父と暮らした家

祖父が川崎市生田に当時としてはとても洒落た家を新築する 便所や風呂場の格子窓は素敵で 近所ではあまり見かけなかったように思う また、障子の腰板も黒柿の一枚板で とても高価なものだったらしい 村では硝子窓のある部屋などなかったが 我が家では硝子窓…

おばあちゃん

母方の祖母 横浜市緑区川和町 貧しい農家に生まれる お爺さんとの結婚に至る経緯は 孫の自分には皆目わからない また、当時のことを知っている人は もうこの世に誰もいない 聞いた話では菊五郎爺さんは二度目の結婚だったとのこと 新婚の頃は横浜に住み 菊五…

母の恩恵

笹川良一が59歳の時82歳の母親をおんぶし 長―い階段をのぼってお宮参りしている時の像がある 「宮のきざはし教えても 数えつくせぬ 母の恩愛」 と刻んである おんぶする母親が生きていれば 今何歳になるのかな 見るたびに母を偲んでいる 写真に写っているか…

繋がり

怒って座敷を躄(いざ)りながら追っかけてきたかあちゃん 結婚式で三々九度の献杯の時、吹き出して笑っていたかあちゃん 「おめえ、はんぺん好きだったじゃねえか」 不自由な足ではんぺんを焼いてくれたあの日のかあちゃん 数々の思い出を残し57歳の若さで…

テレビジョン

我が家でテレビを購入したのは昭和31年頃 村でも買ったのが早かったようだ プロレスがあった日 近所の人が数名集まってくる 始まるまで待っている間 お茶を出してもてなす いよいよ始まると 幻灯や映画を見る時のように 家の照明を全部消す 始まると大人たち…

かあちゃんの好きだった五目そば

スープは薄味で 具は海老、いか、豚肉、チャーシュー 筍、ピーマン、人参、白菜、ナルト、ハム、 卵、長ネギ、等々… 兄貴夫婦と買い物の帰り 溝の口駅前の料理店に寄ったかあちゃんの話を聞いている 兄貴はおふくろをおんぶして連れて行ったらしい 平成6年…

天秤棒

ある日かあちゃんが 「じゃがいもを市場に出荷するから手伝ってくれよ」 西側の物置からじゃがいもを俵に詰めて目方を量る 俵は米俵を半分にした浅い俵で 秤は棒秤なので一人では量れないのだ かあちゃんが低い椅子に座ったままの状態で 自分は立って天秤棒…

かあちゃんはリュウマチで野良仕事ができなくなり 畑にも田圃にも自分では行けなくなる 働けなくなっても畑の農作物が気になるらしかった 敏郎や末子にリヤカーを引かせ畑を見てまわる ある日かあちゃんが 「おめえ鍋転がしまで自転車で乗っけていけよ」 と…

床屋

かあちゃんが 「あんちゃんと二人で にめえばし(二枚橋)の側の大作の床屋に行ってこい」 と言った 家にバリカンがあるのに何だろう 今もってわからない 自分には後頭部にハゲがある 若い頃のかあちゃんが野良仕事で疲れ果て 「囲炉裏傍で居眠りをして 囲炉…

病院

「大作の医者は女の先生でおっかなくねえから一人でいってこい」 と言われ 恐る恐る行ったことがある 医者にかかることは 滅多になかった 病院の大きなドアの前で どうしようか暫く迷ったが 意を決してドアを開ける 女医さんが 「どうしたの」 「頭いてえ」 …

アイスキャンデー

夏の暑い盛り 縁側で昼寝をしている時間 チリンチリンと鉦を鳴らしながら アイスキャンデー売りが通りかかる 「かあちゃんアイスキャンデー買ってくれ」 アイスキャンデー屋は待ってはくれない どんどん遠ざかる 「かあちゃん、買ってくれよー」 「しょうが…

富山の置き薬

子供の頃 富山の置き薬屋が 行李を幾重にもしてある風呂敷包みを背負い 年に数回訪ねてくる 縁側で薬箱を開け 使用した薬を補充する 勘定を支払う直前になると 薬屋は子供たちに紙風船をくれる ほっぺたを膨らませ 風船の中に空気を入れ お手玉のように手で…

洋品屋

夏が終わり9月初旬のある日 洋品屋が大きな風呂敷包みを背負い我が家に寄る 縁側で風呂敷を開き品物を並べる 「かあちゃんジャンバー買ってくれよ」 と頼むが かあちゃんはすぐに買うそぶりはしないで さも要らないような顔をする 駆け引きが始まったのだ 暫…

食料品売り

かあちゃんは食物についてはとても神経質で 魚、豆腐など売り手が直接手に触れるものは 特にうるさかった そういった商人が立小便などしようものなら大変で 「おめえ、良く手を洗えよ!汚い!」 と商人を怒りつけ 井戸端で手を洗わせる 買う量はハンパなく …

かあちゃんと行商人

昔は様々な行商人が村々を廻り商いをしていた 豆腐屋、魚屋、洋品店、呉服屋 生地(布)屋、薬屋、等々 また闇米の買い付け、豚の買い付け 玄米パン、アイスキャンディーなど どこの家も現金がなく物々交換をしていたのを見ている 生地屋は布を測る際に物差し…

春から夏にかけて

屋敷の横の畑では さやえんどうが沢山実をつけている 茄子やきゅうり、南瓜、いんげんなども負けじと 白、黄、紫の花を咲かせ やがて実をつける ある年 屋敷の裏の畑にマクワウリを蒔く かあちゃんは腫れ物に触るようにして育てる 花が咲き実をつけるころ 藁…

買い物

大作や五反田では用が足りないとき かあちゃんは町田へ 買い物に行くことが多かった 町田にはなんでもある 親戚のお祝い物、生活用品… ある夏の日 かあちゃんが白かクリーム色のスーツを着て 出掛けるのを見て あまりの変身ぶりに目を丸くして驚いた もんぺ…

かあちゃんの喜びと悲しみ

自分が小学生低学年の頃 すべてのテストが100点満点の時期があった 答案用紙を持って帰ると かあちゃんは喜び誇らしげに 「薫は府中に似ているんだ」と言い 答案用紙を宝物のように保管していた 中学校の頃は悪知恵が働き 給食費を使いこんだり 辞書を買うと…

寝小便

寒い冬の朝 ぬくぬくと温かい布団にくるまれていると 何故か おふくろの胎内にいるような錯覚を起こす 子供の頃 台所に近い三畳間 北側はガラス窓でよくいたずら書きをする この部屋であんちゃんと二人 一組の布団で寝る 自分は毎日のように寝小便をする 背…

台所

かあちゃんはよく、おさんどんと言っていた 若い頃のかあちゃんは揚げ物が得意で 土間でよく天麩羅を揚げていた 揚がると菜箸で油を切る 溜めてある揚げ物を あんちゃんと二人でつまみ食いする かあちゃんは怒ることもなく 黙々と揚げ続ける 中身はさつまい…

終戦後

終戦後 漸くおとっちゃんが兵隊から帰ってくる おとっちゃんには大工仕事が待っている 当然農作業は年老いたおばあちゃんと かあちゃんの肩にどっしりと掛かっていた 相変わらず生活は楽にならない 農閑期の冬 かあちゃんは山の薪運びをする 男衆が木を伐り …

戦時中

戦時中は農家でも 食物が豊富なわけではなかった 況してや疎開で親戚の子供が沢山いたので かあちゃんも食事時は大変だったと思う 空襲の予告があった日は 家中の電気を消して真っ暗にする 晩飯を薄暗い縁側で 大勢揃って喰うのだが かあちゃんが 「早く喰っ…

粉挽き

かあちゃんは時折 リヤカーに小麦を積んで 大作か五反田に粉挽きに行く 一度だけ五反田のパン屋さんで 小麦粉とパンを交換したのを覚えている あんぱん、食パン、コッペパン クリームパン、ジャムパンなど 田舎の子供達にとっては何よりのご馳走だった あん…

祭り

毎年9月15日 暑い夏が過ぎ、柿の実が少しだけ色づく頃 長沢の中心地にある小高い山の中 諏訪神社で年に一度のお祭りが行われる 遥か彼方にまで聞こえてくる 大太鼓の音や賑やかなお囃子の音が 地元の村人たちを浮かれさせる 夕方になるとあちこちから 家族,…

かあちゃん 4.

鍋転がしに行く途中の日吉の里が見える場所に 畑を借りた時期がある 夏の終わり、若かったおふくろが鍬をふるい 畑を耕していた時ににわか雨が降りだす おまけに物凄い雷が鳴る 青白い光がピカピカすると 天地がひっくり返るような雷が鳴る 「うわー」「早く…