追憶

父が雑記帳に記していることを娘のワタシが転記していこうと思います

2021-01-01から1年間の記事一覧

ラジオ

お婆ちゃんの楽しみは唯一のラジオである 夜寝床で横になり広沢虎造の浪花節を聞くのが 楽しみだったようだ 目を閉じているのでたまに 歌謡番組に切り替えてしまう すると口癖のように 「うーん寝るのが一等ご馳走だ…」 とつぶやき 肛門のような口でプープー…

饅頭

ある日お婆ちゃんは近所の家で お茶菓子として出された饅頭をもらい 自分では食べずに持ち帰って 病床のおふくろに 「子供たちに内緒で早く喰っちめえ」 と渡したそうだ 嬉しく有難く布団を被り泣きながら 饅頭を喰ったとおふくろから聞かされた 饅頭の美味…

おばあちゃんの思い出

春と秋の学校行事に お婆ちゃんが身体の弱い母親の代わりで参加する 自分も小学校の運動会で一緒に弁当を喰った思い出がある また雨の日学校まで傘を持って来てくれたこともある お婆ちゃんはお茶と煙草が大好きである 近所のおばあさんがくると 日当たりの…

炊事(おさんどん)

おふくろが身体が弱かったので 炊事はお婆ちゃんと姉が賄っていた 代用食としてよく冷や麦を喰わされたっけ 自家製で小麦粉を捏ね 座敷の上がり框のところで 手動の製麺機にかけていたのを思いだす かつおぶしを削り大鍋でつゆを作る 具は長ネギと油揚げが入…

親より先に

お婆ちゃんは確か8人の子持ちで 3人の子が兵隊に取られ親より先に旅立った ある夏の夜 伝報が配達される 三軒茶屋の叔母タケが亡くなったのだ 「親不孝もんが…親より先に逝くなんて」 と言って蚊帳の中で身を捩って泣いていた 長尾に嫁いだ長女の子供が(菊…

祖父と暮らした家

祖父が川崎市生田に当時としてはとても洒落た家を新築する 便所や風呂場の格子窓は素敵で 近所ではあまり見かけなかったように思う また、障子の腰板も黒柿の一枚板で とても高価なものだったらしい 村では硝子窓のある部屋などなかったが 我が家では硝子窓…

おばあちゃん

母方の祖母 横浜市緑区川和町 貧しい農家に生まれる お爺さんとの結婚に至る経緯は 孫の自分には皆目わからない また、当時のことを知っている人は もうこの世に誰もいない 聞いた話では菊五郎爺さんは二度目の結婚だったとのこと 新婚の頃は横浜に住み 菊五…

母の恩恵

笹川良一が59歳の時82歳の母親をおんぶし 長―い階段をのぼってお宮参りしている時の像がある 「宮のきざはし教えても 数えつくせぬ 母の恩愛」 と刻んである おんぶする母親が生きていれば 今何歳になるのかな 見るたびに母を偲んでいる 写真に写っているか…

繋がり

怒って座敷を躄(いざ)りながら追っかけてきたかあちゃん 結婚式で三々九度の献杯の時、吹き出して笑っていたかあちゃん 「おめえ、はんぺん好きだったじゃねえか」 不自由な足ではんぺんを焼いてくれたあの日のかあちゃん 数々の思い出を残し57歳の若さで…

テレビジョン

我が家でテレビを購入したのは昭和31年頃 村でも買ったのが早かったようだ プロレスがあった日 近所の人が数名集まってくる 始まるまで待っている間 お茶を出してもてなす いよいよ始まると 幻灯や映画を見る時のように 家の照明を全部消す 始まると大人たち…