病院
「大作の医者は女の先生でおっかなくねえから一人でいってこい」
と言われ
恐る恐る行ったことがある
医者にかかることは
滅多になかった
病院の大きなドアの前で
どうしようか暫く迷ったが
意を決してドアを開ける
女医さんが
「どうしたの」
「頭いてえ」
「じゃあそこのベッドにうつ伏せになりなさい」
うつ伏せになると先生はズボンを脱がせる
恥ずかしい
普通なら熱を測ったり喉を診たりするのに
子ども心に
(なんてことしやがるんだ)
と思う
こともあろうに
太い注射をけつっぺたにする
「ズボンを穿きなさい」
「うん」
恥ずかしさで金を払ったのかどうか
まったく覚えていない
かあちゃんと行商人
昔は様々な行商人が村々を廻り商いをしていた
生地(布)屋、薬屋、等々
また闇米の買い付け、豚の買い付け
玄米パン、アイスキャンディーなど
どこの家も現金がなく物々交換をしていたのを見ている
生地屋は布を測る際に物差しを巧みにごまかす
また農民は穀物を計る枡に親指を入れたまま図ったり
枡の中央を抉るようにして量る
今となっては滑稽な光景であるが
人間味が溢れている
売る側の商人も買う側も真剣そのものである
目の色をかえて駆け引きをする様を見ていると
動物の餌の取り合いのようであった
行商人の中には
とんでもない詐欺師のような人も沢山いた
叔父の勝男や義男が独身で同居していたころ
警察が来て取り調べをされたことがあった
なんと
叔父が買った背広が盗品だったと分かる
背広といえば
俄か雨にぬれて背広が縮み
子供服のようになってしまった粗悪品があったらしい
また靴なども
雨の日に履いていて何か臭うと思い
底を見るとするめが貼られていたなど
大笑いするような代物があったと叔父たちから聞いている
またゴム紐の押し売りが良く来た
土間の上がり框で
「昨日刑務所から出てきたばかりだ」
と凄んだり脅したりする時代であった
春から夏にかけて
屋敷の横の畑では
さやえんどうが沢山実をつけている
茄子やきゅうり、南瓜、いんげんなども負けじと
白、黄、紫の花を咲かせ
やがて実をつける
ある年
屋敷の裏の畑にマクワウリを蒔く
かあちゃんは腫れ物に触るようにして育てる
花が咲き実をつけるころ
藁を根元一面に敷き詰める
かあちゃんが丹精込めたお蔭で
やがて実が色づく
あとは熟すのを待つばかりだ
そんな頃かあちゃんは
「まだ採っちゃあダメだよ」
と念を押す
「薫、わかったのか」
「…うん」
翌日裏の畑に行き
畑に横ばいになり瓜にかぶりつく
すぐかあちゃんに見つかり
「薫、おめえだんべ、歯形を見ればすぐ解かるよ!」
と怒っていた
かあちゃんは仏さまにあげようと思っていたらしい
後年になり大笑いになる
懐かしくほろ苦いような思い出になる