親父の闘病3
宿泊看護のある晩
病院の長椅子でうとうとしていると
親父が『歯を入れてくれ』とか『足を揉んでくれ』と
執拗に甘えてくる
あとで後悔のないように懸命になって揉み続けた
親父は黙っている
翌日姉が行くと
「昨日は薫が本気になって足を揉んでくれたので今日はうんと楽だ」
と言っていたらしい
よかった
今までの親不孝をいっぺんに返したような気持だった
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平成2年7月12日
親族に見守られ80歳の生涯を閉じる
あの世で待っているおふくろや妹の側に急ぐようにして
生前親父は仕事の件で
盛源寺の影さん(住職)と電話で話しているとき
もの凄い剣幕で
「このくそ坊主」
などと怒鳴っていたと弟から聞いている
頑固一徹な親父
戒名が
「徹照院玄棟重光居士」
頷ける
村の念仏の際
兄貴が巻物の文字を見て
「達筆だなあ、誰が書いたの」
と訊くと
「何言ってんだおめえんとこの爺さんが書いたんだよ」
見事な経文が書かれていたらしい
街中のショーウインドーに映った自分を見ると
なんとなく親父に逢ったような錯覚をおこす
俺の身体の中に親父は入り込み
今も尚生きている