おとっちゃんの幻の鉋
おとっちゃんの鉋は黒樫の台で、実に良く切れる
この鉋一丁で父親として尊敬に値する代物である
大所帯の家族を支えた鉋。親父の子供で良かったと思わせるものである。
ある日、村でも指折りの豪農の家を改築することになる
17.8歳の頃見習いとして僅かな道具を預かり現場に行くが右も左も分からない。
親父から松の床板を削るように指示されるが自分の鉋では思うように削れない。
「何をねずみの糞みてえな鉋屑を出してやがんだ!」
「これを使え」と貸してくれた鉋。
切れること切れること
力を入れなくても軽く切れ身体も楽ちんである
今度は床板に墨を打ち側を取る。喜んで墨糸を見ながら削っていると
「墨なんか見なくても真っすぐ削れるよ」
言うとおりにひたすら削る。なるほど真っすぐ削れている。
現場が完了すると必ず見習いである自分の賃金を幾ら支払ったらよいか
建主が親父に訊いている
満足な仕事が出来ない自分としては嫌な瞬間である
親父は落ち着き払い
「こちら様の材料を使わせて貰い修行している身です。賃金はいりません。
どうしてもとおっしゃるなら弁当代だけで結構です」
と答える。
建主に対して賃金に値する仕事ぶりを見せたかったのだろう。
今自分が親父の立場だったらまったく同じことをすると思う。
「自分の鉋は切れるどころか息が切れるばかりだ」