鶏
畑にも田圃にも自分では行けなくなる
働けなくなっても畑の農作物が気になるらしかった
敏郎や末子にリヤカーを引かせ畑を見てまわる
ある日かあちゃんが
「おめえ鍋転がしまで自転車で乗っけていけよ」
と言う
末子を前に乗せかあちゃんを後ろに乗せて
中古の自転車
三人乗りで鍋転がしの畑に行く
帰り道 かみの坂で三人分の体重が禍し
ブレーキが利かなくなる
焦って左右のブレーキを思い切り握りしめるが
ブレーキは利かず猛スピードで坂を下る
急カーブで後ろのかあちゃんを振り落としてしまった
お墓の側で漸く自転車が止まる
末子を残し急いで戻る
「おめえは人を殺す気か」
と言って怒っている
かあちゃんの顔は泥だらけで
まるで黄な粉餅のようになっている
ブレーキが利かなくなったことを
きっと知らなかったと思う
***
そんな頃
農作業が無理だと悟ると
かあちゃんは養鶏に夢中になる
土間で卵からひよこに孵すのを
徹夜で面倒を見ていた
いつの日か
東側の物置を片付け
網を張り鶏小屋が出来る
朝、鶏を小屋から出し庭で自由にさせる
夕方になると
「おめえ、鶏っこしまっちめえよ」
「うん」
両手を広げ腰を低くして
「とうとうとうとうとう」
と声を出し鶏小屋に戻す
たまに餌を与えたり
卵を回収したり手伝った
鶏が騒ぐので羽根やほこりが舞い上がる
敷き藁を取り替える時は大変である
頭が汚れるので頬被りして決死の覚悟で入る
卵を回収する時も手をつつかれるので油断できない
一度梁にはしごをかけて登ってみると驚いた
藁束の上には無数の卵が生みつけられていた
笊に集めてかあちゃんに知らせると
かあちゃんは喜んでいた
東側の物置の前に
仮の鶏舎があった時期があった
卵を集めたり鶏糞を集めたり手伝ったが
鶏の世話は姉や妹が専門になってしまった
病院
「大作の医者は女の先生でおっかなくねえから一人でいってこい」
と言われ
恐る恐る行ったことがある
医者にかかることは
滅多になかった
病院の大きなドアの前で
どうしようか暫く迷ったが
意を決してドアを開ける
女医さんが
「どうしたの」
「頭いてえ」
「じゃあそこのベッドにうつ伏せになりなさい」
うつ伏せになると先生はズボンを脱がせる
恥ずかしい
普通なら熱を測ったり喉を診たりするのに
子ども心に
(なんてことしやがるんだ)
と思う
こともあろうに
太い注射をけつっぺたにする
「ズボンを穿きなさい」
「うん」
恥ずかしさで金を払ったのかどうか
まったく覚えていない